懐疑主義(かいぎしゅぎ)は、基本的原理・認識に対して、その
普遍性・
客観性を吟味し、根拠のないあらゆるドクサ(独断)を排除しようとする主義である。懐疑論(かいぎろん)とも。懐疑主義とよく比較される独断主義(独:Dogmatismus)は、絶対的な明証性をもつとされる基本的原理(ドグマ)を根底におき、そこから世界の構造を明らかにしようとする主義である。(ドグマとは元来宗教上真理と宣言された
教義をいう。)独断主義は、主に懐疑主義や
認識論の側の用語であり、
神などの超越者を前提とする
形而上学、存在論的形而上学、
神学論などに対していわれ、
オカルティズム、現代では
擬似科学に対していわれることもある。(このときドグマは思いなし(ドクサ)とほぼ同義に扱われる。)独断主義とはそもそも批判のための用語であり、したがってそのドグマ(独断)の内容に関わらず否定的に語られる。いっぽう、懐疑主義ないし懐疑論は、古代から近世にかけて、真の認識をもたらさない破壊的な思想として論難されることが多かった。これは、懐疑主義が、懐疑の結果、普遍性・客観性のある新たな原理・認識が得られなかった場合、判断停止に陥り、
不可知論と結びつき、伝統的形而上学の保持する神や存在の確かさをも疑うようになったためである。しかし近代以降は、
自然科学の発展の思想的エネルギー源となったこともあり、肯定的に語られることが多い。
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