爆発物取締罰則(ばくはつぶつとりしまりばっそく;
明治17年12月27日太政官布告第32号)とは、治安を妨げ人の身体・財産を侵害する目的による爆発物の使用等を処罰するために制定された日本の
法令であり、
明治18年1月15日に
施行された。制定時の社会情勢としては、
自由民権運動急進派による暴動事件が続発していた時期であり、警察官に対する爆発物の使用なども行われたという背景があった。また、当時のヨーロッパで同種の
立法の動きがあり、本罰則は1883年に
イギリスで制定された Explosive Substance Act を参考にして制定されたとされている。
太政官布告という法形式を採用しており
議会の議決を経た
法律ではないが、
日本国憲法の下でも法律の効力を有するものとして存続していると解される(爆発物取締罰則ではないが、明治6年太政官布告第65号
絞罪器械図式の効力につき最高裁昭和36年7月19日大法廷判決刑集15巻7号1106頁を参照)。本罰則が規定する犯罪は、基本的に公共危険罪として位置づけられるが、後述するとおり行政犯的な性格を有する規定もある。
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