概観 大学全体 慶應義塾は、
福澤諭吉が
江戸築地鉄砲洲(現在の
東京都中央区明石町)に開いた
蘭学塾に始まる。
1868年、前年の1867年に購入しておいた
芝新銭座(現在の
港区浜松町)の有馬家控屋敷跡に移転、この年が
慶應4年であったことから慶應義塾と改称する。なお「義塾」は英国の「
public school」の訳語と言われている。第二次世界大戦前には「三田の理財」とも称され、さらに「
早稲田の政治、
駿河台の法学、
白山の哲学」などをも加えて総称されることもあり、伝統的に
経済学部が有名である。三田会の存在や、その権勢を背景にした著名な
実業家を多数輩出してきたことでも知られている。慶應義塾大学の関係者の間では、公式なものではないが、「慶」と「應」に独自の
略字が用いられることがある。慶および應は他の
漢字に比べて画数が多いため、「けい」「おう」という読みが
英語の
アルファベットのKとOの発音に近いことに着目して、「广」の部分以外をKとOに置き換えた「广+K」「广+O」からなる造字で表記するもの。
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