大東亜共栄圏(だいとうあきょうえいけん)とは、
東アジア・
東南アジアに
日本を盟主とする欧米諸国に対抗するための共存共栄の新秩序(国際秩序)を建設し、欧米諸国(特にイギリス・アメリカ)の植民地支配から東アジア・東南アジアを解放するというスローガンである。
大東亜戦争(
太平洋戦争・
十五年戦争)において日本が大義名分として掲げた。日本・満州・中国を一つの経済共同体とし、東南アジアを資源の供給地域に、南太平洋を国防圏として位置づけるものと考えられていた。ドイツにおける「生存圏(Lebensraum)」という発想と密接に関連しており「大東亜が日本の生存圏」であると宣伝された。ただし、「大東亜」の範囲、「共栄」の字義など当初必ずしも明確化されてはいなかった。用語としては
1940年7月に
近衛文麿内閣が決定した「基本国策要綱」に対する
松岡洋右外務大臣の談話に使われてから流行語化し、公式文書としては翌
1941年1月31日の「対仏印・泰施策要綱」が初出とされる。ただし、この語に先んじて
1938年には「東亜新秩序」の語が
近衛文麿によって用いられている。
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