スプートニク・ショック(Sputnik crisis、スプートニク危機)とは、
1957年10月4日の
ソビエト連邦による人類初の
人工衛星「
スプートニク1号」の打ち上げ成功の報により
アメリカ合衆国の政府や社会に走った衝撃や危機感である。
スプートニク計画以前、アメリカは自国を
宇宙開発のリーダーであり、それゆえ
ミサイル開発のリーダーでもあると信じていた。しかしスプートニク1号成功の突然のニュースと、それに続くアメリカの人工衛星計画「
ヴァンガード計画」の失敗は、アメリカの自信を覆し全米をパニックに陥れた。この時期、ソ連が戦略弾道ミサイル搭載
潜水艦をアメリカに先駆けて配備するなど、軍事技術でアメリカが圧倒される出来事が相次いでいた。スプートニク・ショックを受けて、ソ連の脅威とアメリカの劣勢を覆すため
宇宙開発競争が始まり、科学教育や研究の重要性が再認識されて大きな予算と努力が割かれるなど、危機感の中でアメリカの軍事・科学・教育が大きく再編された。スプートニク・ショックは
アポロ計画、および
1969年の月面着陸成功によって収束したが、
冷戦のターニングポイントとなった出来事であった。スプートニク・ショックは、アメリカ合衆国による政策提案を、大きなものから小さなものまで連鎖的に引き出した。そのほとんどは
国防総省が発議したものだった。
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